①糸島ブランドを守れない

月形市長は就任するや糸島ブランドの育成を政策の目玉に掲げ、その盛り上げ役を果たしています。最近では、糸島ブランドの育ての親の様に胸を張る姿もみられます。

しかし、糸島ブランドの育ての親は手造りのカキ小屋を立ち上げて育ててきた漁業者ですし、リスクも抱えながら「伊都菜彩」を立ち上げた農協や農業者たちです。芥屋のサンセットライブを全国に知られるイベントに育て上げた人たちや工芸や音楽で活躍する移住者、手作りパン工房の店開きで人気を集める人たちも糸島ブランドを支えています。

テレビタレントのタモリさんが、長寿番組「笑っていいとも」を終了する際、番組で「老後を過ごすなら糸島がいい」と語って、一気に「いとしま」の地名が全国に広まったともいわれています。タモリさんが筑紫丘高校生だった頃、福岡市周辺はまだ自然豊かな田園地帯でした。自然豊かな糸島の景色は、そんなタモリさんに郷愁を思い起こさせるのかもしれません。

しかし、その糸島ブランドを産み出している農林漁業者の多くは後継者に悩み将来に不安を抱えています。糸島に農地を持つ人が全て農業者ではありません。農家を継いでも転職したり、将来に夢を持てず農地が道路用地や宅地として売れることを待っていたりする農業者が多いのです。

大人気の糸島ブランドの背景にはこうした厳しい現実がありますが、4年間の月形市政は、その難題にまだ何の処方箋も示していません。私が第一次産業への対策を何より重く見ているのはそのためです。

いわなが 数昭